第51話 想いもブレンド

  • 2018.03.12
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この冬は例年になく寒く、そして長かったような感覚がある。でも気付けば、いつの間にか穏やかな温もりが風の中に宿りはじめてきた。僕が暮らす街にも、少しずつ春が訪れてきたようだ。気分はウキウキしてくるけれど、一方で春は別れの季節=卒業シーズンでもある。

この街には僕がよく顔を出す和食の店がある。僕の「みのたけ」に見合う範囲で最良のものを愉しむことが出来、気のいい常連さん達との会話も含めて、お気に入りの店だ。アルバイトの店員さん達も良く出来た子ばかりで、僕はいつも感心する。ほとんどは大学生で、すぐ近くに農業系の大学があるためそこの学生が特に多い。
店の板前さんは職人気質で、その腕前や人柄が気に入り、実は前の店で働いていた時から“追っかけ”をしてきた経緯がある。逆に彼は僕のコーヒーをとても気に入ってくれていて、よく注文を頂く。また僕のコーヒーがいかに美味しいかを熱心に語ってくれるものだから、そのせいで常連さんやアルバイトの店員さん達も興味を持ってくれ、時折注文を頂くようになった。そんな中、ある店員さんからコーヒーの注文で何やら相談があると連絡が入り、店を訪れた。
「学校にコーヒーの大好きな先輩が二人いるのですが、今度卒業するのでコーヒーのプレゼントをしたいのですけど、お願いできますか?」相談の内容はそんな話だった。彼がさすがなのは、事前に二人の先輩に好みの味わいをヒアリングしてきていることだ。渡されたメモを見てみると、ブルーマウンテンやグァテマラといった文字が並んでいる。シングルの豆だとそんな感じの好みとのことだが、いずれも行くところに行けば僕が取り扱う以上の豆が幾らでも手に入るもの。うーん、そのままではつまらないなぁ…そこで僕はこんな提案をした。「二人の先輩それぞれの好みに合わせた、特別なブレンドを作ってみる?」
コーヒーは大別するとブレンドとシングルに分けられるが、その味わい方について僕はよくこんな話をすることがある。シングルのコーヒーは収穫された場所、そこだけの豆。だから産地の味そのもの。でもブレンドコーヒーは味わいのイメージを形にしようとしてブレンドされたもの。だからシングルが産地の味を味わうのに対し、ブレンドはどんな味わいを表現しようとして作られたのかを想像しながら味わうものだと。つまり「ある産地の農産物としての味わい」に対して「クリエイティブな作品としての味わい」だと思うのだ。
と言ってはみたものの、実際その二人の先輩の好みに合うように創り出すというのは、なかなか難しい。なにしろ手持ちのラインナップは限られているし、完全に好み通りでは面白くないし、何より味覚のことはその当事者にとって「好き」か「嫌い」かでしかない。でもあれこれパターンを変えながら味わいを創り出す作業というのはとても楽しいし、しかも喜んでもらえて、お金まで頂けちゃうのだから、考えてみれば素敵過ぎる。でも一番素敵なのは、そうやって作ったコーヒーの納品を理由に、また飲みに行けることかな(笑)
先輩を想う気持ちから始まった、二つの特別なブレンド作り。パッケージラベルの商品名も、その二人の先輩の名前を冠したネーミングにしてみた。あとせっかくなので、注文してくれたアルバイトさん本人にもこのコーヒーを味わって欲しいと思い、手作りのドリップパックを一つずつ、これは試供品として作った。注文してくれた彼にも、また卒業する彼の先輩にも、美味しいひとときを楽しんでもらえたらいいな。

この記事へのコメント

ほな

香りが楽しみ。

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