第40話 Happiness is . . .

  • 2017.09.11
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毎年恒例、夏の終わりに行われる大セールを何とか終え、ようやく落ち着きを取り戻しました。初日からひどく体調を崩したのは失敗でしたが、それなりに結果も出てホッとしています。
今年のセールでは、幾つかの印象的な出逢いがありました。
今回はその一つ、たまたま接客をしたあるご年配の女性と、直火式エスプレッソ=マキネッタを巡るお話しです。

「ちょっと聞いていいかしら?」そう話しかけてきたのは、ほんのりと気品の漂う老婦人。ご質問は、普段マキネッタを愛用しているのだけど、家庭用エスプレッソマシンの味わいはどうなのかというものでした。「マシンの方が少し上品に感じるかもしれません」と印象の違いを伝えると、「やっぱりそうよね…」と仰りなぜか少し残念そうな表情を浮かべます。その様子がとても気になってしまい、「何かお困りごとですか?」と尋ねると、こんな話を語ってくれました。

マキネッタ

エスプレッソマシン
その方がまだ20代の若かりし頃、初めて訪れたイタリアの、偶然入った道具店で見つけたマキネッタをとても気に入り、日本に持ち帰りました。そこから何十年もの間、彼女はそのマキネッタでコーヒーを淹れ続けてきたそうです。そして近々転居をすることになったのですが、新居はオール電化のためにマキネッタを使えない事が判明。代わりにとエスプレッソマシンを検討していたそうです。でも同じエスプレッソといえども、長年親しんだマキネッタの味わいとは違う。それで悩んでいたのでした。それならカセットコンロを使ってみては?とお伝えすると、そうもいかないご様子。更にお話を伺うと、その転居とは、ご本人が高齢者向け施設へ入所するというものでした。

女性はこう言いました。「内緒でカセットコンロを持ち込めば今まで通りのマキネッタが味わえると思う、でも香りが漂うから、コーヒーを淹れていることはすぐ発覚してしまうに違いない」と。

さり気なく言い放ったその言葉は、長年連れ添ったものだけど諦めざるを得ないのだと、自らに言い聞かせる様でもあり、また無念さも滲んでいました。僕は思わずこう言ってしまいました。

「人生にはきっと、ついて良い嘘と悪い嘘があると思います!マキネッタはあなたにとってずっと傍にあったものだから、カセットコンロを持ち込むのは、ついて良い嘘だと思います!」

いや、火器使用厳禁の施設なら、カセットコンロは持ち込み不可です。危険だし、何かあってからでは遅いです。使用は勿論のこと、決して持ち込んではいけません。だから僕の発言は不適切ですし、撤回致します。

ただこうも思うのです。人は「安心」や「安全」や「便利」がより良い暮らしをもたらすと信じ、努めてきました。でも、目に見えなくても確かにそこにある幸福のようなものが、その暮らしの選択肢から外れるのであれば、より良い暮らしとは一体何なのか。一人の女性が歩んできた数十年もの時間のその傍らには、いつも寄り添う様にお気に入りのマキネッタがありました。人の暮らしに寄り添う珈琲。それこそが僕の伝えたい幸せの形。もしも許されるなら、彼女がこれからもマキネッタと共に在らん事を!と願わずにはいられなくなる出来事でした。

※ちなみにオール電化や各種施設を否定するものではございません。また電気式マキネッタも存在します。


この記事へのコメント

黒田 悟志

ご指摘ありがとうございます。
件のご婦人は、「内緒にした所で残念な結果しか生まれない」事をご理解されているがゆえ、
自分なりに美味しさを求める中で悩んでいました。

僕はコーヒーとは「人々の暮らしに寄り添うもの」でありたいと思っています。
でも逆に人がコーヒーに振りまわされてしまう状況を目の当たりにし、残念に感じました。

そのご婦人は勿論、全ての人々に、「美味しいコーヒーが寄り添うひととき」のある幸せを願って止みません。

よもちゃん

拘りの品と習慣と至福の時間、すべてを奪うことになるのかな。自分の親がそうなった時にこだわりを許容できるようになりたいと感じました。

*

施設側とまず相談しろよと。なんで「内緒に」って発想になるんだか。
そういうのがいるから、いろんな事が禁止にって方向になるんだろうが。

ほな

酷暑にはホットコーヒーが最適です。

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