第256話 なぜコーヒー屋になったのか

  • 2026.09.03
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僕のやっているカフェはとても小さい店です。だからお客さまと会話をする機会が多いです。むしろ話好きな方なので、「喋りすぎないよう気を付けなさい」と奥さんから釘を刺されています。また当たり前ですが、話す内容にも気を付けています。ある芸能人の方が「歳をとってやっちゃいけない事は『説教・自慢話・昔話』の3つである」と言ってました。僕自身それなりに歳を重ねているので、その3つは特に意識していないと、つい話してしまいそうで怖いですね…。とか何とか言いながら、今回は昔話を大いに語ろうと思います。
僕はそれまで普通のサラリーマンでした。1990年のバブル絶頂期に、大卒で就職した呑気な社会人でした。以来21年間、転職せずに同じ会社で働いてきました。しかし人間も企業も、20年余りの時を経て変化しない訳はありません。それぞれが異なる方向に成長した結果、考え方の違いが大きくなり、業務の遂行も難しい場面が増えました。また頑張ったとしても年齢的にキャリアの伸び代は見込めず、それでも毎日出勤し、辛いけど何とかやり過ごせば給料は手に入る、そんな「安心」を得るだけの日々でした。
しかし幾つかのきっかけによって、僕はそのループから離脱することとなりました。一つは、当時40代前半だった自分が「50歳を迎えた時の自分」を想像したことでした。恐らくその時自分の半生を振り返って、40代前半の生き方〜まさに今の自分の状況を強く後悔するはずだと思ったのです。心から辛いと感じているのにそこを離れず、安心が得られるだけ苦難を選んだ「矛盾」に対して、取り返しのつかない後悔の念に襲われている姿が見えたのです。
人は不安と苦難を秤にかけると、「先が見えない不安」が引き起こす恐怖に耐えられず、たとえ苦難(不満)が続くとしても、「先が見通せる安心」を選びがちです。ただ見方を変えれば「先が見えない」とは、様々な可能性に満ちているとも言えます。なのに頭の中で考えることは、なぜか失敗する可能性ばかり。失敗を信じている状態とも言えるほどです。幸せになる可能性も半分あるのに、上手くいかないことばかり妄想して、結果、今日と同じ明日を選んでしまうのです。僕はそんなループの先に辿り着いた「生き方の後悔」を感じたのでした。まあ、ある意味これも妄想ですけどね。
自分は自分を幸せにする義務がある。そう思い立ち、まず自分を日々の苦しみからエスケープさせる=退職させなければいけない、と決めました。すると不思議なもので、わずかでも心が解放された僕は、未来に対し少しずつ夢を描き始めました。辞めてからどうするか?です。当時相談をした人たちから得た幾つかの言葉をきっかけに、最終的に2つのことに思い至りました。それは「人と人を繋いだり和を作ったりする場所を作ろう」と「職人的な生き方をしよう」です。すると次の問題は、それらを実現するには何をすれば良いのか?でした。来る日も来る日も必死に考えました。
最終的に思い至ったのが「カフェ」でした。カフェは様々な人が集える場所です。カフェでコーヒーを淹れる行為もどこか職人的な感じがしました。そして「カフェを開業したいので」と宣言し、退職したのでした。つまりコーヒーやカフェに関して、そもそも最初から思い入れがあったわけではなく、後から深く知るうちにどんどんハマってしまい、挙句は自家焙煎まで手を出してしまった…と言うのが本当のところです。実際オープンに漕ぎ着けるまでは、退職から9年もの時間を要することになりましたが。
振り返って今感じるのは、たとえ不安でも可能性に溢れた方を選んだことで、想像もしなかった未来に辿り着けたという実感です。カフェを開業するという「良い意味での妄想」を実現出来ただけでなく、その過程を通じて副産物のようなものもたくさん得られました。でもここはまだゴールではありません。この先にも待っているであろう多くの可能性の芽を、一つでも二つでも手に出来たらいいなと思っています。


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ほな

真剣に生きてこられた証明です。

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