第114話 愛と平和のハードロック

  • 2020.10.28
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ある朝のこと、起き抜けに何気なくスマートフォンへと目をやると、1件のメッセージが届いていた。それは珍しく弟からのメッセージだった。よほどの事がない限り、普段は連絡などよこさないヤツだ。出来ればグッドニュースだと良いなという淡い期待は、案の定、次の瞬間には打ち砕かれた。そこには額面通りの、極めて単純な出来事が書かれていた。だけど僕にはどうにも理解出来なかった。たった17文字の短いメッセージ、「エディ ヴァン ヘイレンが死んじゃった」…。
TVニュースでも取り上げられていたので、知っている人も少なくないと思うけれど、エディ ヴァン ヘイレンというロックギタリストが亡くなった。ギターの在り方を変えた天才で、80年代に大活躍したヒーローだ。その時期は僕の高校時代とも重なる。当時、エディの事を無意識にアメリカ西海岸出身だと思っていた。だが実はオランダ出身であったという事を、幾度も流れてくる訃報の中で知った。更に驚くべきは、父がオランダ人、母がインドネシア人のミックスであったという事実だ。コーヒーの歴史を紐解くと必ず出てくる、オランダ~インドネシア間の過去を知る僕にとって、それは驚愕の事実だった。
卒業アルバムにかろうじて写っていた当時の僕のベース。ビニールテープを駆使して、エディのギターデザインを真似してた。これはだいぶノーマルに戻したころ。
16世紀頃、オランダは東南アジアへの進出を強め、インドネシアを植民地化した。そして自国の利益のためインドネシアで強制栽培させていた物の一つがコーヒーだった。植民地支配の様子はここで文章にするのを躊躇するほどエグイもので、第2次大戦後に独立するまで350年もの長きに及んだ。独立前後の喧騒の中、オランダからインドネシアに渡った者がいた。後にエディの父となる人物、ヤンさんだ。そこでインドネシア人の女性と出逢い結婚、彼女と共にオランダへ戻った後、エディの兄アレックス(ヴァンヘイレンのドラマー)、そしてエディが誕生した。
コーヒーの歴史は植民地の歴史と言ってもいい。支配と搾取、その臭いは今も微かに漂っている。
一見サラッと読んでしまう生い立ちだが、ここには大変大きな愛と苦しみが潜んでいることにお気付きだろうか?当時のオランダ人にとって、数百年も植民地だったインドネシアの人間は社会的に下層の存在、奴隷の対象である。その人間をパートナーとして愛し、共にオランダで生きるという選択は、父のヤンさんは極めてリベラルな博愛主義の持ち主だったと容易に想像が付く。また激しい差別との戦いについてもだ。そして奴隷との“混血”児はイジメられる格好の餌食だったはずだ。それらは後に一家で渡米する一因にもなったが、また同時に、天才が才能を開花させる成功物語の始まりでもあった。
生前エディは、オランダにいた頃の差別についてほとんど語っていないが、バンドメンバーには話していたようだ。
晩年のエディの写真を見るたび、どこか欧米人らしからぬ親しみやすい印象を感じていた。今回エディがアジア人の血を引くルーツを持つのだと知って、その謎が解けた気がした。またハードなギタープレイの中で見せる柔和な笑顔は、彼の生い立ちや父の存在に由来するのかもしれないとも思った。彼を偲んで、僕なりに出来る追悼をしようと思い、特別なブレンドコーヒーを作ることにした。彼の母なる国インドネシアのマンデリン。そして大ヒット曲「PANAMA」にちなんでパナマの豆を選んだ。少し苦くて優しく軽やかな味わいは、エディの人生を表したつもりだ。上手く出来たかは分からないが。
その名もエディ ブレンド。ラベルには彼のギターデザインを反映。パナマの豆を使ったが、名曲パナマのタイトルは、実は国名でなく車の名前を表す。
=追伸=
当時の僕は、軽音で下手なベースを弾くばかりのシケた高校生活を送っていた。3年生の春、新入生向けのオリエンテーションで部活紹介が体育館で行われ、軽音は確か10分間だけ時間を与えられていたと思う。僕はそこで2曲演奏をしたのだけど、それはどちらもヴァンヘイレンの曲だった。ギターソロ直前の「JUMP!」という掛け声のところで、ボーカルの後輩は本番前の予告通り、ステージからフロアへとジャンプしてみせた。僕も間奏の途中で思い切りジャンプをした。21世紀が5分の1も過ぎ、イイ歳をしたオッサンとなった今でさえ、別の形でジャンプしているのだと17歳の僕が知ったら、なんて思うだろう。
文化祭終了後の一コマ。前列右端が僕。隣の女性は現在米国で暮らしている。その隣の女性には当時フラレました。


この記事へのコメント

ほな

せいふくがめずらしいです。

ほな

昔の制服が出てきました。

ほな

学生服が懐かしい。

ほな

おいしいコーヒーは古今東西変わらない。

ほな

すごい博識です。

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