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荒木町の流しは恋の歌

  • 2018.09.05
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豊岡 真澄



みなさんこんにちは。
豊岡真澄です。

みなさんは、“流し”と言うお仕事をご存知ですか。
“流し”は、楽器を持って酒場などを移動しながら、お客さまのリクエストに応じて曲の伴奏をしたり、歌を歌ったりする人のことを言います。

東京メトロ丸ノ内線、四谷三丁目駅を降りてほんの少し四ッ谷方面に向かって歩くと、有名な荒木町があります。
個性的なお店が並ぶこの界隈を音楽とイラストで盛り上げているのが、流しをしている“歌う漫画家”ちえさん。
生演奏と和装、歌いながらお客さまの似顔絵を描く独特のスタイルをテレビや新聞でご覧になった方もいらっしゃると思います。
今夜は“歌う漫画家”ちえさんを訪ねて、大人の街荒木町に足を運びます。


荒木町は“杉大門通り”と“車力門通り”に 
個性的なお店がたくさんならんでいます。

この日お世話になったのは杉大門通りの“味どころ はしもと”さん。
今年で29年目を迎える素敵な居酒屋さんです。
18:30
いつもなら、子供たちの夕食やお風呂の支度をしている時間ですが、今夜は久しぶりに大人の時間を満喫です。
ご紹介いただいたのは“味どころ はしもと”さん。
荒木町にお店を開いて29年。
ご夫婦で切り盛りされている静かで落ち着いたお店です。
今夜は早めにお店に入って料理を楽しむところからスタート。

“味どころ はしもと”は、杉大門通りを入って約70m左手にあります。
釣り好きの気さくなご主人と、優しい奥さまが迎えてくださいました。
こちらのお店はお魚が美味しいと聞いていたので、お刺身と、メニューで気になっていた大根おろし“うら里”を注文しました。


今日のメニューで気になったのが「大根おろし うら里」
どんな料理かというと・・・

こちらが、大根おろし うら里
薬味がたっぷり聞いていて美味しいです。

ここのお刺身、とっても新鮮です。
ご主人が自分で釣りあげたお魚が出ることも。

荒木町の多くのお店には、ちえさんの手書きのポスターが貼ってあります。
可愛くて素敵。
約束の19時。
お店にスーッと入ってくる感じで、ちえさんが到着しました。
さりげなく入ってくるのに、お店にパッと華やかな雰囲気が漂います。
歌う漫画家 ちえ
名古屋出身。『子連れ狼』の作者小池一夫に師事。
小池一夫塾一期生。
地元情報誌での連載や、広告漫画を描いていたが、漫画家としてのステップアップを求めて上京。
2012年7月に漫画家、東陽片岡さんの紹介で、荒木町の流し新太郎師匠に弟子入り。
「歌う漫画家」として東京四谷三丁目にデビューする。
昨年亡くなった新太郎師匠の後を継ぐ“流し”として、四谷荒木町界隈では知らぬ人はいない存在。
国内外のメディアに多数出演している。
歌う漫画家ちえ facebook



夏の時期は浴衣、雨の日は洋装など、季節や天気に合わせた衣装がとってもステキ。
髪型も様々なバリエーションがあるそうです。
写真提供 歌う漫画家ちえ Facebookページ
ちえさんの歌は1,000円から。
三味線ではなく“四味線”で演奏してくれます。
写真を撮りやすい位置に席替えをして、まずは“荒木町小唄”から。
生演奏は自分だけに弾いてもらっている感じがするのでとても好きです。

“荒木町小唄”

ここは四谷の荒木町〜
ゆきかうひとのさざめきの
噂に残る花街の
面影しのぶ、恋の街〜


荒木町小唄は、
覚えやすいフレーズです。


“四味線”
流しで使っている楽器とお仕事道具を特別に見せて頂きました。
ちえさんが使っているのは四味線。
舞台演劇用に使われていたものを古い楽器屋さんで見かけ、それをモデルにした特注品です。
①②③が三味線と同じ弦で、4本目が太い弦になっています。


お隣の席のお客さまが一緒に歌ったりすることも多いそう。
四味線の響きがとっても素敵。
この四味線のスペシャルな点は③と④の弦の間隔。
他のものと比べて間隔が短いのが特徴で、一番太い音を出す④の弦が弾いていない時も常に共鳴するようになっています。
これによって音に厚みが出るほか、4本目の弦を弾くことで曲のバリエーションも豊富になるのだそうです。
周囲の音が大きな場所でもお客さまの要望に対応するためのプロフェッショナルならではの工夫です。

“流しの道具”
ちえさんの道具はどれもスペシャルなものばかり。
和装にピッタリの特製前掛けは、ちえさんによるハンドメイド。
似顔絵に使うペン類、名刺、交換用の弦、画材などが機能的に収納されています。

  左:考え抜かれたプロのツールはすべてちえさんのお手製。前掛けにはひみつ道具がぎっしり。
 右上:見返り美人をモチーフにしたネコのお財布は、お客さまからのプレゼント。
    フルネームは“おひねりを食べるネコ、たまちゃん”主食はご祝儀なのだとか(笑)
右下中:熱中症警告計はこの時期必須アイテム 右下:ちえさんの地元“熱田神宮”のお守り
演奏して歌いながら、一体どんな風に似顔絵を描くのだろう?と思っていたら、帯の上部にさりげなく挟んでいる専用スタンドにさっとスマホを乗せたちえさん。
スピーカー付きのマイクをBluetooth通信で素早く接続して、あっという間に準備完了。
なるほど。

右上:板のような形のスマホスタンドとマイクスタンド。
左下:“ちえ”の木札はお友達からのプレゼント 左下中:後ろにはポーチとマイクがセットされていました。
 右:絵を描くときのスタイル。スマホとBluetoothの組み合わせちえさんにぴったり!


歌と似顔絵の同時進行はすごく難しいはずなのですが、さらさらっと書いてしまうのが
プロの凄いところ。
モデルになってくださったのは、沖縄で学校の先生をされているカッキーさん。ありがとうございます。
“インタビュー”
豊岡: ちえさんの“流し歴”は今年で何年目なのですか?
ちえ: おかげさまで丸6年になりました。
豊岡: どうして流しのお仕事を選ばれたのですか?
ちえ: もともと、母よりも年代が古い歌を歌うほど昭和歌謡が大好きだったんです。
スナックで大好きな昭和歌謡を歌いまくっていました(笑)
その時にスナックマニアの漫画家、片東陽先生が「そんなに昭和歌謡が好きなら、本物の昭和歌謡の人に会って見ませんか?」ということで、紹介していただいたのが、荒木町の流し”新太郎”さんでした。
豊岡: 昭和歌謡大好き!すごいですね。

四味線が奏でる昭和歌謡の音色は、
ジーンと心に響きます。

昨年亡くなった新太郎師匠は、日本中を渡り歩く、流し歴55年の大ベテラン。
“荒木町の新太郎”として、たくさんの方に愛される存在でした。
写真提供 歌う漫画家ちえ Facebookページ
ちえ: なんとかお願いをして、新太郎師匠の弟子にしてもらったのですが、もともとはずっと一人で仕事をしていたので、弟子は取らない主義。
しかもとても厳しいのです。
「ついてこられなければ流しは務まらないぞ」と、よく言われましたが、根性で師匠について行きました。
豊岡: 似顔絵は最初から書いていたのですか。
ちえ: いえ。
最初は流しの弟子としてスタートでした。
もちろん歌は好きなんですけど、やはり歌でお金をいただけるまでには至っていなかったので、師匠から自分の取り分を分けていただいていました。
流しは一曲いくらなので、収入は同じ。
得意なことで自分の取り分を少しでも稼ごうというのが、似顔絵を始めたきっかけでした。
豊岡: 師匠の反応はどうでしたか。
ちえ: 最初は叱られると思ったのですが、師匠は純粋に面白がってくださって、現在のスタイルになりました。

ちえさんが新太郎師匠と一緒に荒木町を回ったのは5年。
流しと似顔絵。 いいねぇ!といつも言っていたそう。(2016年ごろ撮影)
豊岡: 絵よりも歌の方が先だったのですね。
ちえ: そうなんです。
とにかく昭和の歌謡曲が好きで流しになりましたが、好きだからと言っても、お仕事になるわけではありません。
特に生ギターの演奏は自分の気持ちが入らないとうまく歌えないので、師匠には「音程は合っているけど歌に心がない」って、よく叱られました。
昔の音源を聴き直すと本当に下手だったのがわかります。

私も書いていただきました!(実は2度目)
大切にします!

ちえさんが流しに訪れるお店には、必ずこのポスターが。
皆さんも楽しいひと時をぜひ。
豊岡: うわー、厳しい。
ちえ: 納得がいくように歌えるまでは、一年ぐらいかかりました。
必死でついていくうちに、そのうちにふっと変わったんです。
ギターに合わせて自分の声がアンサンブルになっているというか、呼吸が合っていると感じるようになりました。
師匠に「よくついて来たね」と言われたのもその頃です。
「お前は根性がある」って。(笑)
いま考えてみれば、師匠は最初の1年間はわざと厳しく接してくださったのだと思います。
最後の教えは「なんでも良いから、わたしがいなくなった時のために楽器を一つ覚えなさい」でした。
豊岡: それで三味線を持つようになったのですね。
ちなみにこの楽器を選んだのは理由があるのですか。
ちえ: 唄はわからないのですが、三味線の音色が好きなので、津軽三味線の先生に基礎を習いました。
三味線は音域が2オクターブしかない楽器なのですが、工夫次第で色々な演奏ができるのが魅力です。
弦を4本にしたのは、三味線を別の楽器に見立てることで民謡からロックまで、音楽のジャンルを超えられる演奏ができる気がしたからです。

ちえさんはなんとこの日、もう一件取材があって大忙し。
私も9月6日発売の「食楽」という雑誌にほんの少しだけお邪魔させていただきました。
豊岡: 最後に。
もし、ちえさんが弟子にするとしたら、どんな人がいいですか。
ちえ: いえいえ。
まだまだ弟子をそんな身分じゃないと思っています。
でも、いつか年齢を重ねて、若い子を育てなきゃ・・・という年齢になって来たら、三味線をやりたい娘とか孫みたいな弟子を連れて荒木町を歩いて見たいですね。
若いので、まだまだ先ですけど(笑)
豊岡: ですね(笑)
ありがとうございました。
またぜひ!

荒木町は恋の街
今夜もどこかでちえさんの“荒木町小唄”が流れています。
次回もどうぞお楽しみに。


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豊岡 真澄 Masumi Toyooka

鉄道文化人 ママ鉄 埼玉県出身。
元ホリプロアイドル。

1999年に雑誌オーディション合格をきっかけに、ホリプロからアイドルデビュー。
その後、担当マネージャーである南田裕介氏の影響で鉄道ファンとなる。
2005年に「鉄道アイドル」という新ジャンルを開拓したが、結婚を機に2008年にホリプロを退社。
現在は2児の母として子育てに奮闘中。

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この記事へのコメント

2018.10.22 16:20
うちの子供が鉄道ファンなので、たまに記事とかでお見かけしてましたが、南田さんの影響で鉄道アイドルになられていたんですね!わたしも子供の影響で今や立派なママ鉄になっています(笑)鉄道ファンのかたがテレビに出られていると楽しいです!!
ヨッシー
2018.09.23 16:37
東京に流し?
ほな
2018.09.18 09:21
大人の楽しみ方ですね、元祖ライブ!
よもちゃん
2018.09.15 18:24
流しタクシーもあるね。
ほな
2018.09.05 21:23
いやぁ、なんだかステキですね〜
いまだに昭和の香りがしますね。いいなぁ。
まこつ
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